漬物、ガリ(寿司がり)、酢しょうが、紅生姜、酢漬等の製造・販売|四季折々の膳を彩り、伝統の味を現代に伝えるエンドーの漬物シリーズ|遠藤食品株式会社

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写真で振るかえる我が社の歴史

近年、寿司業界では回転寿司がブームとなり、手軽に美味しい寿司が食べられるようになりました。
その為、「がり」の需要も大幅にアップ!!大量生産が余儀なくされる時代へと変わっていきました。
弊社には、『新がり完成品』という、ブランド商品があります。
現在では、業務用・市販用と、数多くの寿司屋さんやご家庭で愛用されています。この商品が出来上がるまでの歴史が、現在の遠藤食品株式会社を作っているのです。
それでは、当社の歴史を写真と共に振り返ってみましょう。

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1961年(昭和36年4月) 遠藤食品漬物製造業 創業
当時、田沼町(現在の佐野市下彦間町近辺)は、生姜の産地で、原料も豊富でした。
また、この近辺では漬物業も盛んで、地元の生姜を使用した漬物も製造されていました。
榮社長は、漬物会社に入社後、修行を積み、昭和36年4月、個人会社として、遠藤食品漬物製造業を創業しました。

創業当時の町の風景と本社工場周辺
1973年(昭和48年5月1日) 遠藤食品工業株式会社 設立
遠藤食品工業株式会社 設立
創業当時は、農協から国産の生姜を仕入れ、手洗いし、大きな樽(高さ約3メートル)に高塩度で漬け込み、保存していました。初めは、丸のままの生姜を甘酢漬けにしたものを販売していました。しかし、もっとお寿司屋さんに提供しやすくすることを考え、大工さんが使用していたカンナをヒントに、生姜を薄くスライスするという発想を思いつきました。生姜のスライス用に改良された道具で、一つ一つ手作業で、大切にスライスしていました。

おっきい樽だね~!
「新がり完成品の原型は並々ならぬ努力と研究から生まれていったんだね!!
原料の海外調達へ
次第に、国産生姜が減少し、 原料の海外調達が始まりました。

台湾から、10年ほど仕入れていましたが、台湾での工業化が進み、物価が上昇。原料価格も高騰してきたため、フィリピンへと移動。しかしながら、あまり品質が良いものが出来なかったため、タイへと輸入先が変わっていきました。

その後20~30年間、タイからは現在でも仕入れが続いています。
原料の海外調達

原料の海外調達
しかしながら当時現地は治安が悪く、山間部では交通手段がなく、調達には大変な苦労がありました。原料を海外から大量に輸入するとともに、早い段階から機械化を図ることで、人材も集まり、規模の拡大に続いていったのです。

危険な目に遭いながらも、社長は生姜の原料を求め、各地を回っていったんだ!!
1977年(昭和52年9月8日) 新がり完成品の商標登録
『新がり完成品』の名前の由来は、初めから『がり』が完成している新商品ということで、命名されています。
『新がり完成品』と『新がり』は弊社の登録商標です。
新がり完成品:登録773567  新がり:登録2581751  Registration Symbol⇒®

当時の『新がり完成品 バラ缶』こだわりを持っていたすし職人の方々に、弊社の『新がり』の支持を頂くことは、並大抵の努力ではありませんでした。しかし、試行錯誤を繰り返し、『新がり』の味を追究することで、遠藤の新がり完成品は、多くのすし職人の方から「おいしい!!」と支持をいただけるようになりました。

当時お寿司屋さんには、現在でも使用している1斗缶という形態で出荷をしていましたが、その他小売用に小袋の製品も製造していました。

←当時の『新がり完成品 バラ缶』 写真

新がり完成品 業務用・袋『新がり完成品』がヒットした理由の1つとして、パッケージデザインもあげられます。現在でも使用されている新がり完成品のデザインは、当時人気があった歌舞伎座の垂れ幕をイメージし、文字の字体と色使いをヒントに、赤・黄・緑の配色を用い、作成したものです。このデザインが江戸っ子の元気が良いイメージとマッチして、江戸前のお寿司屋さんで寿司に合うデザインだと大好評でした。 現在のパッケージデザインも、その頃の面影残すデザインとなっています。 創業以来45年、その味を守り、 お客様に「おいしい」をお届けしています。

現在の『新がり完成品 業務用・袋』のデザイン →


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